夢想家の日曜日

化粧した男達に胸を鷲づかみにされてしまった

the GazettE Live Tour18 THE NINTH / PHASE #02-ENHANCEMENT-

the GazettE Live Tour18 THE NINTH / PHASE #02-ENHANCEMENT-
2018年11月13日 なんばHatch

the GazettE
Vo. RUKI
Gt. URUHA
Gt. AOI
Ba. REITA
Dr. KAI

SE 99.999
01 Falling
02 NINTH ODD SMELL
03 GUSH

04 RAGE
05 MY DEVIL ON THE BED
06 裏切る舌
07 BABYLON’S TABOO

08 虚 蜩
09 その声は脆く
10 REDO
11 THE MORTAL

12 TWO OF A KIND
13 UGLY
14 ABHOR GOD
15 DISCHARGE
16 UNFINISHED

EN1
17 INSIDE BEAST
18 生暖かい雨とざらついた情熱
19 Hyena
20 HEADACHE MAN
21 TOMORROW NEVER DIES

EN2
22 関東土下座組合

 

2018年に、the GazettEを始めて観る。
このことにどんな意義があるのだろう。

 

付き合いの浅いバンドという訳ではない。
「『淳子@れいたの嫁』のれいたって誰なんだよ」そう思った高1の文化祭前、発売したての「DIVISION」を聴いた。
その後過去の音源を少しかじり、その翌年には当然のごとく「BEAUTIFUL DEFORMITY」を聴いた。
高3のときに発売された「DOGMA」はしっくり来なかったものの、高校時代の学習机の上にはずっとthe GazettEアー写が(DIR EN GREYやL'Arc〜en〜Cielのそれと並べて)貼られていた。

 

それから数年が経ち、大学3回生になった。
the GazettE本命の友人の熱烈なレコメンドにより聴き始めた「NINTH」。
愛してやまない「TOXIC」〜「BEAUTIFUL DEFORMITY」期の路線が「DOGMA」の重さと見事な融合を果たしていた。


「THE NINTH」の名を冠した本ツアー。
結論から言えば、「2018年にthe GazettEがthe GazettEというバンドとして存在している」、その事実そのものが2018年にthe GazettEのライブを観ることに対する純然たる意義として輝いていた。

様式美に囚われることなく、自らの感性を忠実に反映させた楽曲。
もはやベテランの域に達したバンドにもかかわらず、その息づかいからはとめどない初期衝動を感じる。

これが、この美学こそがヴィジュアル系だ。
2018年になってもなお、「NINTH」という頭から尻までヴィジュアル系の美学を継承したアルバムを出せる凄味。
the GazettEが、the GazettEというバンドであり続ける。
完璧だ。私がthe GazettEというバンドに、そしてヴィジュアル系に求めていたすべてがそこにあった。もう何も求める必要はない。
その純粋さ、揺るぎのなさに身を委ねるだけで、たまらない安らぎを得ることができた。

 

 

 

 

 

嘘喰い全巻一気読み中にひたすらNINTHを聴いてたせいでライブ中に斑目貘の顔がチラついて困ったのなんとかしてくれ(私が)

MERRY Autumn Tour 2018 「哀愁のダンスホール[羊想]異形 tiki」〜浪花、華舞う〜

MERRY Autumn Tour 2018 「哀愁のダンスホール[羊想]異形 tiki」〜浪花、華舞う〜

2018年10月13日 梅田CLUB QUATTRO

MERRY
Vo. ガラ
Gt. 結生
Gt. 健一
Ba. テツ
Dr. ネロ

01 新曲
02 夜光
03 犬型真性MASOCHIST
04 絶望
05 迷彩ノ紳士
06 [human farm]
07 sweet powder
08 傘と雨
09 チック・タック
10 The Cry Against ME
11 スカル
12 SIGHT GLASS
13 千代田線デモクラシー
14 Black flag symptom
15 F.J.P
16 エムオロギー

EN1
17 梟
18 Carnival
19 SWAN

EN2
20 sheeple


初めてのMERRY。
いつかは観ておきたいバンドのひとつだったので良いタイミングでした。誘ってくれた友人ありがとう。


正直、しっかりと聴いたのは「M.E.R.R.Y.」と他数曲だけという状況。
それでも、猥雑で泥臭い雰囲気は堪能できた。
絶望を突き詰めた結果、もはや笑うことしかできない。
一見やけっぱちのようにも見える滑稽さがあるが、彼らの愚直で真摯な歩みが圧倒的な説得力となって厚みを持たせている。


これだからMERRYは狡い。その先を見てみたいと思わずにはいられない。
またいつか、ふらりと寄って身を預けてみたい。そんな一夜だった。

aie ONEMAN LIVE ALL TOMORROW’S PARTIES 40

aie ONEMAN LIVE ALL TOMORROW’S PARTIES 40
2018年9月26日 新宿LOFT BAR LOUNGE

Vo.&Gt. aie

01 エレファント(the god and death stars)
02 大麻(the god and death stars)
03 真っ赤な雪(the god and death stars)

04 Divorce(Lamiel)
05 Eins(Lamiel)
06 ブルーベジー(kein)
07 ドリスからの手紙(deadman
08 additional cause for sorrow(deadman
09 あの音(the studs
10 intention of clouds (THE MADCAP LAUGHS)
11 サヨナラのきせつ(aqbi)

12 ママイズジャム(新曲)
13 藁の犬(新曲)
14 good night my love(新曲)

GUEST Key. 佐藤統(THE BLACK COMET CLUB BAND)
15 濾過(the god and death stars)
16 君に決めた(the god and death stars)
17エドワード・スミス(the god and death stars)
18 damned(the god and death stars)
19 addle apple(the god and death stars)
20 tonight is the night(the god and death stars)
21 elephant in the room(the god and death stars)
22 aaron(the god and death stars)


名古屋の産んだスーパースター、aie氏の生誕40周年記念ギグ。


the god and death stars初期の名曲「エレファント」から幕を開け、Lamielから順に所属バンドの歴史を追った上でthe god and death starsの曲に再び戻るという構成。
去年からaie氏の動向を追い始めた身としては、keinやdeadmanthe studsの曲が聴けることが嬉しい。
追体験することは叶わない憧憬」に触れることのできる瞬間が後追い勢にとってどれほど有難いことか。
だからこそ、「ドリスからの手紙」に「良い曲」とコメントする姿には、素直に胸が熱くなる。それにしてもそろそろマッドのライブやりませんかね…


29歳で死ぬと思っていた男が40歳を迎え、「あと40年」やりたいと言ってくれる。
俺のギターヒーロー、いつまでも健やかに・・・。

DIR EN GREY TOUR18 WEARING HUMAN SKIN

DIR EN GREY TOUR18 WEARING HUMAN SKIN
2018年8月31日 なんばHatch

DIR EN GREY
Vo. 京
Gt. 薫
Gt. Die
Ba. Toshiya
Dr. Shinya

 

01 詩踏み
02 Ash
03 蜷局
04 腐海
05 輪郭
06 新曲
07 新曲(さあ祝えよ傷を)
08 Phenomenon
09 THE BLOSSUMING BEELZEBUB
10 Ranunculus
11 人間を被る
12 THE FATAL BELIEVER
13 THE IIID EMPIRE
14 Beautiful Dirt

EN
15 理由
16 新曲(Go MAD)
17 The inferno
18 SUSTAIN THE UNTRUTH
19 羅刹国

(ソース:

https://dailysetlist.net/archives/112572

新曲横括弧書きは曲判別のため管理人が追記しました)


今年4〜6月に行われた「TOUR18 真世界」ぶりのツアー。
今回は大阪公演の2日目にあたる。


926待望のニューアルバム「The Insulated World」の発売を控えているからか、新曲の披露も多め。「Ranunculus」を含めると4曲が新曲だった。
「真世界」大阪公演から引き続き、研ぎ澄まされたシンプルさを感じた。
ソリッドさを増した音像もさることながら、歌詩のシンプルなメッセージ性に胸を衝かれる。


本編9曲目、「THE BLOSSUMING BEELZEBUB」。
ライブで聴くのは初めてであり、生で触れる日を心待ちにしていた曲でもある。
京氏がステージに背を向け、表情がスクリーンに映し出されるという演出。
sukekiyoを思い出させるそれながら、どこまでも禍々しさの渦に飲み込まれる。

それに続いたのが「Ranunculus」。
荒野の中に一輪咲く花。
どこまでも美しく、どこまでも静謐。
本編ではそんな印象だった。
だが、終演後に上映されたプロモーションビデオではまた違う印象に変貌する。
深い幸福、深い喜び、そんな言葉が浮かぶ。
芳醇な世界をどこまでも祝福するかのように、歌は続いていく。


DIR EN GREYを観るとき、自分自身がどれだけ変わろうとも彼らが別格の存在であることを痛感させられる。
どこかで彼らの曲を、その姿を追い求めている自分がいる。
「SUSTAIN THE UNTRUTH」終了後にマイクを通さずに煽る京氏の姿を観たとき、そう思わずにはいられなかった。
ひとまずは、彼らの描く「The Insulated World」がどんな世界となるのかを見届けることとしよう。

 

 

としやさんのおべべがどれもこれもさいこうでとしやさんマジサイコー・・・。って感じでした

emmurée monthly “oneman” tour 『lightless in OSAKA』

emmurée monthly “oneman” tour 『lightless in OSAKA』
2018年8月25日 西九条BRAND NEW

emmurée
Vo. 想
Gt. ハルカ
Ba. 朋
Dr. yas(support)

 

01 lightless-僕の夢-
02 lightless-鈍い闇-
03 夜ノ唄
04 八月の雨
05 angel's watarcolor
06 brand new world
07 熱帯夜
08 消滅、崩壊、自我、支離滅裂。
09 circus
10 tonight-星降る月夜に-
11 種
12 Red.
13 story in heaven
14 呼吸
15 雨音
16 朧げに、猶予う。

EN 無色透明

 

今年6月に発売された5thアルバム「lightless.」を引っさげたツアーの3本目。
管理人がemmuréeを聴くきっかけになったのが「lightless.」。
この日が初めてのライブであった。


幕が開くと、改めて「lightless.」というアルバムの懐の深さに驚かされる。
「lightless-僕の夢-」〜「lightless-鈍い闇-」というアルバム通りの曲順。
夏の夜の、甘美で色濃い闇に包まれるかのような感覚が襲う。

「八月の雨」、そして「brand new world」。
湿り気の中、空間がどこまでも広がってゆく。
古式ゆかしいヴィジュアル系の系譜にあるはずなのに、なぜか夏を感じる。

「消滅、崩壊、自我、支離滅裂。」のような、名古屋や90年代の薫りを感じさせる曲を挟みながらも、「朧げに、猶予う。」で本編を締める流れが心憎い。
そして本編終了後、音が鳴りっぱなしのギターから放たれたのは「無色透明」。
降り続く雨のようにも、蝉時雨のようにも聴こえるギター。
轟音の中の安らぎ。これがこのライブの本質だったのかもしれない。

 

 

朋さんのtwitterアカウントのIDがマニキュアおじさんなの最高にkawaiiデスネ・・・†

[PLASTICZOOMS vs gibkiy gibkiy gibkiy]

 [PLASTICZOOMS vs gibkiy gibkiy gibkiy]

2018年8月24日 池袋手刀

 

PLASTICZOOMS

Vo. SHO ASAKAWA

Gt. TOM TAKAHASHI

Ba. / Syn. JUN YOKOE

Dr. 神林祥太(support)

 

01 MINDS

02 SMOKE MOTION

03 VEILED EYES

04 QUITE CLEARY

05 TO CUT A LONG STORY SHORT

06 U12

07 HIGHWAY

08 NIGHT&HURT

09 SAVAGE

10 CRACK

11 THE FUTURE

 

(ソース:

https://twitter.com/PLASTICZOOMS/status/1033285218835333120

 


gibkiy gibkiy gibkiy

Vo. kazuma

Gt. aie

Ba. kazu

Dr. sakura

 

01 無中無

02 告白

03 愛という、変態


04 新曲

05 suspend

06 箍を外す場合、穴に群れる具合


07 とある澄んだ春の朝に

08 脳内に

 

 

 

ついにこの日がやってきた。

憧れ続けた箱、池袋手刀にやって来た。

 

まずはPLASTICZOOMSから。

PLASTICZOOMSを観るのは今回が初めてだ。

予習としては昨年発売されたセルフタイトルアルバム「PLASTICZOOMS」を一周した程度だったが、読み通り音源よりもライブで映える。

音の洪水に包み込まれる至福。

心地よい激しさの中に揺蕩うことのできた時間だった。

 

そしてついに、gibkiy gibkiy gibkiy

赤の照明がひとつだけ吊り下げられ、隠しきれない熱情のように輝く。

今年このバンドを観るのは4回目だが、新譜リリースもないにもかかわらずここまで変貌していくとは。完全に予想外だった。

PLASTICZOOMSの轟音に呼応するかのように、荒々しい音が降り注ぐ。

このバンドは観れば観るほど洗練されていくのではない。

観れば観るほど、野生が研ぎ澄まされていく。

血を、性を、業を研ぎ澄まされていく。

引き出される感情の渦を止めることはできない。


7曲目、「とある澄んだ春の朝に」。

昨年9月、初めてgibkiy gibkiy gibkiyと対峙したまさにそのライブ以降、ライブでは全く聴けていなかった(ライブで披露されてはいたが立ち会えてはいなかった)一曲だ。

この曲が聴けただけで今日来られて良かったというもの。

静寂。

柔らかく秘められた狂気が「脳内に」へと雪崩れ込む。

そして終焉へ。


今回はこれまで観たどれよりも本能的なライブだったように思う。

ついに新曲まで披露されてしまった。

否が応でも、11月からのワンマンツアーへの期待が高まるというものだ。

冬、凍てつく季節に彼らはどんな咆哮をみせるのか。

 

 

 


かずまさんがたいへんごきげんそうでうるわしかったです、ピーハツのイーデー・・・。

『すべての道はV系へ通ず。』によせて 〜とある地方ギャの憂鬱〜

残-ZAN-暑お見舞い申し上げます。

皆様いかがお過ごしでしょうか?

私事で恐縮ですが、『すべての道はV系へ通ず。』を本日読了しました。

すべての道はV系へ通ず。

すべての道はV系へ通ず。

 


今月6日に発売された、<草創期の共犯者>市川哲史氏と<ゼロ年代の業人>藤谷千明氏による本書。
ヴィジュアル系というシーンについて一度でも思いを巡らせたことのある人なら思わず膝を打つような考察が並ぶ、オタクにとってはまたとない一冊です。


ここでは、本書を読んで考えたことをつらつら書いていこうと思います。
例により、管理人の個人的思い出がマシマシなのはご容赦ください。
それでは、まいりましょう。

 

 

2013年2月6日。
ゴールデンボンバーの曲「また君に番号が聞けなかった」を初めて聴いた日、奈良に住むしがない中学3年生の人生は変わった。
この辺りは過去の投稿でも触れたので詳細は省くが、「地方の思春期オタクがヴィジュアルショックの洗礼を受けた日」であることはまぎれもない事実だ。


高校時代を振り返ってみると、「地方ギャのリビドー」が大きな原動力であったように思う。
地方に住む学生がライブに行くのは夢のまた夢だった当時は「ライブに行ってる奴らに負けたくない」と音源を聴き漁った。
周りに誰もヴィジュアル系を聴く人間がいなかったので、わざわざ放送部に入部してまで昼休みの放送でヴィジュアル系の曲を流しまくった。
そして今、21歳の私は、ライブに行けなかったあの頃を取り返すかのようにライブに足繁く通っている。
嗚呼出るわ出るわ黒歴史。オタクとはなんと業深い生き物か。

(もちろんそれだけがヴィジュアル系を追い続ける原動力ではない。
そもそも好きが義務になるようならとっくに上がっている。バンドが、音楽が好きな気持ちが一番にあるからこそ未だにバンギャルをやっているのだ。そこは誤解のなきよう。)

 


大学入学後の私は、同好の士ができるかもしれないという淡い期待を胸に、軽音サークルに入部した。
それでもやはり、ヴィジュアル系に対する風当たりは優しくはなかった。
弊サークルはメタル好きが多い。

しかし、彼らに「DIR EN GREYが好き」と言おうものなら2011年のWacken Open Airをネタにされ、LOUD PARKにthe GazettEの出演がアナウンスされようものなら「ガゼット(笑)」と言われる。
メタラーが全員ヴィジュアル系を蔑視しているとは言わない。

彼ら自体、「メタルの入り口はDIR EN GREYだった」と言う奴もいたし、私が無理矢理ヴィジュアル系のコピバンを組んだときも協力してくれた。根本的にはみんないい奴なのだ。
それでも、依然として「ヴィジュアル系(笑)」という認識は消えないのである。
バンギャルである」それ自体がスティグマとなりうる現状に少々嫌気が指しているのも事実だ。

 

本書において「ヴィジュアル系は恰好悪いという発言はネオ・ヴィジュアル系以降世代のバンギャルには理解しがたい」という趣旨の指摘があったが、これには疑問を呈さざるを得ない。
ヴィジュアル系<被差別>史は、形を変えて未だ続いている。


思えば、嵐が好きで好きでたまらなかった中学時代も「ジャニオタは頭悪いとかいうレッテルなんか貼られたくない」などと考えていたように思う。
本書で藤谷氏は「<ヴィジュアル系は、女子供が聴くもの>的な根底にたどり着くのではないか」と述べていた。
こと日本という国においては、「女子供が聴くカルチャー」に対する風当たりが強すぎるように思う。
ジャニーズ、ヴィジュアル系等々に対して、容姿などの表面的な要素に囚われた「『批評』の無いジャンル」であるという先入観は未だ無くなっていない。
その原因についてここで深く考えることはしないが、その病理の深さには嘆息せざるを得ない。
いわゆる「世間様」に対し<被害妄想>を抱くのは、バンギャルに限った問題ではないのだ。
「俺オタクだけど〜」というような文脈でネタ的に扱われることの多いイキリオタク現象も、この<被害妄想>の裏返しではないだろうか。

 


加えて、音楽的文脈の問題においても触れておきたい。
本書において、凛として時雨9mm Parabellum BulletLUNA SEA直系であるとされているが、私の所属する軽音サークルではまさにそれらのバンドが主軸の一つである。
この事実に直面するたび、私は胸の底からこみ上げてくる悔しさを抑えることができない。


ヴィジュアル系というジャンルは、あまりにも隔絶されすぎてはいないか?


「近年は他ジャンルのフェスの出演も多く、ボーダーレスになってきている」という指摘は確かにもっともだ。
しかし、私と同じゼミの女性はこう言った。
「あるフェスでヴィジュアル系バンドを観たけど、ヴィジュアル系ってアイドル的消費をされてるように思った」
私の目下の研究テーマである「ヴィジュアル系のファン心理」に対してのコメントであるから、この発言をバンド自体にも適応することは適切ではないかもしれない。
だが、少なくともヴィジュアル系へのパブリックイメージの一部を切り取ってはいるように思う。
ヴィジュアル系という「文化」自体がフェスで受け入れられても、その音楽性や後続への影響については(ヴィジュアル系ムラの外側において)ほとんど語られないのが常なのだ。

例えば「THE ORAL CIGARETTESがめちゃめちゃヴィジュアル系っぽい」と周囲のヴィジュアル系好きの中で話題になり、実際に聴いてみる人が増える、ということがあった。

しかしながら、その逆のパターンというのは(私の観測範囲では)お目にかかったことがないのである。

 

2010年代も後半に突入してもなお、ヴィジュアル系の音楽性は広がり続けている。
彼らの音楽性が真の意味でボーダーレスに評価される日を願うばかりだ。

 

 


「〜とある地方ギャの憂鬱〜」というサブタイトルに違わず、ヴィジュアル系の需要に関して憂うだけの文章になってしまいました。(もはやただの私怨)
ですが少なくとも、一人のバンギャルをここまで駆り立ててしまうOSORO SEA名著であることは確かです。

 1997年というヴィジュアル系にとって特筆すべき年に生まれたこと、そしてヴィジュアル系を好きになったきっかけがゴールデンボンバーであったこと。

これらの事実を、一種の誇りとして強く強く感じることができました。


『すべての道はV系へ通ず。』を読んだあなたと熱い議論を戦わせる日を、楽しみにしています。